自意識の捨て場所

 

渋谷Spotify O-nestにて

 

目当てのバンドのライブに行く

左後ろに立っている男が曲終わり、落ちサビ前に必ずフォーと叫ぶ 曲間にちっちゃいフォーも挟んでくる こいつはやり手だ フォーの使い魔

叫ぶ以外にも、まるで自分がボーカルかのように歌ったりもする

 


フロアのボルテージと呼応し、そいつの熱狂も加速度的になる 1回だけ、ボーカルが歌い出すよりも瞬間早く歌ってしまう 眼前で演奏するフロントマンからではなく、俺はそのフォー男のおかげで(そのせいで)サビの最初の1音、最初のフレーズを知ることになってしまう

 


そいつが揺れる、180オーバーの体躯を水面のように揺らす パーマのかかったミディアムボブの髪も踊る そいつが揺れる。俺の背中に彼の肘が軽くぶつかり、ナイロンジャケットがファサっと擦れる。

その度に、俺はそいつが正確な4拍子を刻んでいることを否応なしに知ることになる

 


轟音と光、焚きすぎなぐらいのスモークに包まれたダンスフロアは、人々の輪郭を奪ってあやふやにしてゆく 東京都渋谷区円山町2−3 O-WESTビル 5Fに鳴り響くドリーミーなサウンドは、夢かと錯覚させるには充分すぎた 後奏が終わったタイミングで、俺は自分に聞こえるか聞こえないかの声量で言う

 

 

 「フォー…」

空想妄想現実日記^_−☆

 

 

9月29日

用があって高田馬場に行った。

ここには、サグラダファミリアのようなスペイン風の建築物が屹立している。本物のサグラダファミリアは何度も修復し、その度に資金難になって改修を中断しているようだが、この建物はすでに完成されているみたいだった。以前、その建物の入口付近で反政府のビラを配っているおばさんを見かけたことがある。通りすがる人々にビラを手渡していたが、どこからともなくやってきた警察にやめるよう強く注意されていた。どうやら無許可でやっていたみたいだった。去り際、おばさんは大きな声でガミガミと警官に悪態をついていた。

高田馬場の警察と反政府おばさんの関係はヒビが入りまくりで、もう修復できそうにないだろうな、などと思った。

 

 

 

10月2日

〜スーパーにて〜

「(お手洗いのことをWCって書くけど、ワールドカップも同じ表記だよな〜)」などと考えながらコーナーを曲がった矢先、主婦が操縦していたショッピングカートに轢かれてしまった。雷のような鈍痛が右足の脛に走る。人生ゲームならきっと2マスぐらい戻っているだろうなと思った。

 

 

 

11月3日

久しく会っていなかった人とお酒を酌み交わし、そこで1年ほど前に書いた文章を褒めていただいた。タイトルまで鮮明に覚えておられて、あぁ365日の中で1日くらいこんな日があってもいいよね、などとぼんやり思った。まったくありがたい限りである。

 

 

 

11月5日

36.5℃の湯船に浸かった。体温と同じぐらいのお湯に浸かると、なんていうか体と水との境目がなくなる感じがして少しだけこわかった。

 

 

 

11月16日

ゲラの人とお酒を飲んだ。何言ってもわろてくれて、こんな楽しいことってあるんだなと思った。

 

 

 

12月15日

「オリオン座は3つしかベルトの穴が空いてない。お腹パンパンになったらどうするんだ」とかふざけたことを言っていたら、一筋の星が流れた。あぁふたご座流星群ふたご座流星群

 

 

 

12月16日

駅へ向かう道すがら、あまりのストレス故「ゔわ"っ"」と小声で叫んでしまった。生物の断末魔みたいなそれは、道沿いの犬小屋で眠っていた主の、うす茶色の耳をピクっと動かすことぐらいしかできなかった(起こしちゃってごめんね許してワン)。

 

 

 

12月19日

気付いたらおれはなんとなく冬だった。中野駅の喫煙所前を通り過ぎたとき、そういえば誰にもタバコの吸い方を教えてもらっていないなと思った。ああいうのはどこのタイミングで、いったい誰に教えてもらうのだろうか。いささか不思議である。

だれか、ガス電気水道インターネットの契約の仕方とか、オシャレなカフェでの佇まいとか、明日の天気とか、何をされたら喜ぶのかとか、何をおもしろいと思うのかとか、好きな言葉とか、最近あった良かったこととか、だれか、だれかおれに教えてくれ。気付いたらおれはなんとなく冬だった。

 

 

 

12月28日

目的地に向かう道中、占い師に呼び止められた。突然のイベントに怯んでいると、開口一番「アンタ世界を恨んでいる目をしているね」と言われた。「はぇ〜」なんて適当に相槌を打ち、その場から逃走した。

 

 

 

12月29日

「怒るってことは、裏っ返すと他人に期待しすぎていることなんだと思います。他人に対してこうしてくれたらいいなとか、こうするはずだ、みたいな理想を勝手に押し付けて、それが叶わなかったらなんでなんだと怒る。おれの良くないところでもあって直したいんですけど…すみません、これは余談ですね。まぁ全部とは言わないけど、怒りの仕組みって概ねこれじゃないですかね。どう思います?」

 

 

夢の中で、自分は浅い考えを吐き散らかしながら、向かいの席に座る本田圭佑に話を振っていた。彼がなにを答えてくれたかはさっぱり覚えていなくて、目ん玉デケェな〜と思ったことだけが鮮明に思い出されるのであった。

亡くなったおじいちゃんがストリートビューに写っていた

葬式から数ヶ月後、何の気なしにストリートビューを見ていたら、亡くなったおじいちゃんが写っていた。どうやらマップがまだ最新版になっていないみたい。車庫にある小さなゴミ箱を玄関にいれようとして、少し屈んでいたところをちょうど撮られたようだ。灰色のちゃんちゃんこのようなものを着ていて、足元はたしかサンダルだったような気がする。特にGoogleの撮影車に気付く様子もなく、ゴミ箱に集中していた。亡くなって悲しいという気持ちがどうしても先行してしまう中で、写り込んじゃったという茶目っ気を残して、彼はこの世を去っていった。その様子を見て、あぁこの人はどこまでエンターテイナーなんだ、とわたしは思った。

ストリートビューに写っていたことをおばあちゃんに伝えると、「あらもう、写り込んじゃってるじゃない」と、これまた茶目っ気たっぷりな言葉が返ってきた。

 

 

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端的に言うと、おじいちゃんは極めてひょうきんな人であった。頻繁にダジャレを言って場を和ませたり、2本の指を足に見立ててランウェイを連想させるような歩き方で机の上を歩行したり、とにかくボケしろを見つけてはトライしていた。本人が笑いを意識していたかどうかは今となっては分からないけれど、笑いを貪欲に狙う姿勢はただただかっこいい。

 

 

 

年明け、おばあちゃん家に行った。

 

「じゃあせっかく来てくれたわけだし、おビールでお疲れ様の乾杯でもしましょうか」

 

おばあちゃんは、ビールのことをおビールと言う。他にも、紅茶のことをお紅茶と言ったり、必ず先頭に「お」をつける。彼女を見ていると、人間は言葉遣いや所作などの細やかな部分に表れるのだな、と改めて気付かされる。小さな部分にこそ、その人たらしめるポイントがつまっている。おばあちゃんの丁寧なところが大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばおばあちゃんに見てほしい写真があってさ、これこれ、見てよ。なんとうちのネコがストリートビューに写ってたんだよ!!」

 

 

Googleの撮影車に気付く様子もなく、毛づくろいに集中しているうちのネコが写っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらもう、写り込んじゃってるじゃない」

 

おばあちゃんは微笑みながら、あの時と変わらない穏やかな声色で、茶目っ気たっぷりにそう言った。

 

 

 

 

 

 

田中へ

 

夜更け、昔親しくしていた田中という男の顔面を思い出すことが稀にある。端的に表すと、彼の顎は人間のそれとは思えないほどに発達しており、例えるならば雪かき用のスコップといったところであろうか。無論、幼稚園児が扱うお遊びのようなシャベルなどでは到底ない。

 

ふつふつと生えてくる青髭たちも、これほどまでに立派に隆起した顎は他に類を見ない、と口を揃えて発言していたほどである。除雪車もあっぱれなブツを唇の下数センチに有しているのにも関わらず、性格はというとこれまた極めてなよなよとしたもので、屹立する顎とは対照的であった。

 

気が付くとゆらりとした姿勢ですぐ側まで歩み寄っていて、煮え切らない態度で周囲を混乱の渦に落とし込む、そんな人物であった。敵でも味方でもない中立のポジションは、結果として多くの敵を作ってしまうものだが、田中は持ち前の性格を上手に扱って"不思議ちゃん"という特別な立場を獲得していた。

 

 

それと同時に、彼は至極真面目で、どんくさくもあった。過ちを犯したのは彼ではないのに、近くに居たからという理不尽極まりない理由で怒られたり、皆がズルをする中で田中だけがバレて呼び出しを食らうなど、とにかくタイミングが悪い男なのである。彼が弓道場で矢継ぎ早に怒られている時、決まって鋭利な顎も斜め下を向いて謝罪を体現するのであった。

 

 

そんな田中と2人きりで下北沢に行ったことがある。初めての下北沢だったため、今でも出来事の輪郭まで鮮明に覚えている。その日わたしは兄に借りたロンドンフォグのコートを着ていて、対する田中は発色のいいターコイズのニットに上着なし、というストロングスタイルで待ち合わせ場所に現れた。その日、彼の好きな色がターコイズであることを初めて知った。

 

 

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店員さんにグイグイ押されると断れない2人が揃ってしまったため、この日の結果は散々であった。わたしは好みでないストライプのシャツを半ば強引に購入させられ、彼はよくわからない柄シャツを持って店を出てきた。

 

わたしも彼も、右手の紙袋を得たかわりに7000円弱失った。もう大敗も大敗。彼の貴重なお金を使わせてしまったことが本当に申し訳なくて、今日まで忘れたことは一度たりともない。

 

田中が買った柄シャツは、ターコイズですらなく、オフホワイト色のものであった。さらさらとした薄いレーヨンの生地が虚しさをさらに加速させた。店を出てすぐに謝罪をしたが、「本当に着たいものを選んだから気にしないでよ」と笑顔で返してくれた。なよなよしたいつもの面影は全く見えなかった。彼の優しさが沁みたと同時に、そのお気遣いの気持ちに漬け込んでしまっている自分をひどく、ひどく恥じた。

 

 

 

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田中へ

 

 

 

今日、雪がほんのりまぶされた九州地方の峰々を目にした時、貴方の顎を真っ先に思い出しました。

そして、古着屋の節は誠にすみませんでした。

 

 

覚えていますか?それとも忘れていましたか?よくわからない柄シャツはまだ持っていますか?顎は健在ですか?好きな色は変わってないですか?今の生活はどうですか?そもそも生きていますか?

 

もし良ければ、近いうちに会いませんか。その時はお互い不格好なシャツを身に纏って、ターコイズの服でも探しに行きましょう。

 

お返事待ってます。